紅色に染まる頃

「父上、お待ちを」

父は肩をピクッとさせてから恐る恐る振り返った。

「ど、どうかしたか?」

美紅は鋭い視線で父を問い詰める。

「どうもこうもございません。父上の空々しいお芝居はばれております。もしやわたくし達を嵌めようと?」
「は、嵌めるとは、人聞きの悪い」
「ではなぜ、あとは若いお二人でごゆっくりなどというお見合いの常套句を?」
「そ、それは、その。特に深い意味はないが……?」
「わたくしに前もって話せば必ず断られるから、このように強引に殿方と引き合わせた、という訳ではないと?」
「うっ、だって、仕方ないじゃないか。美紅は前科があるからな。前もって言えば必ず直前でトンズラされる」

言い逃れ出来ないと悟ったのか、父は美紅の主張を認めつつ反撃してきた。

「前科とは?わたくしはお見合いなどしたこともございませんが」
「あれだよ、ほら。小学生の時のピアノコンクール。本選の大事な舞台なのに、出番の直前でトイレから出てこなかっただろう。腹痛などと嘘をついて」
「……はい?」

一体いつの話を、と思いつつ美紅は初めて言葉に詰まる。

(あれが嘘だとばれていたとは)

とにかく、お客様の前でこれ以上不毛な親子喧嘩をする訳にはいかない。
美紅は仕方なくこの場は引き下がることにした。

「かしこまりました。父上は大事な急用とやらにどうぞ。この後おばあ様を屋敷までわたくしがお送りするはずでしたが」
「あ、そうか。母さんは私が送るから気にするな。じゃあな、美紅。伊織くん、それでは失礼するよ」
「はい。失礼致します」