その日の夕食後。
美紅は悩んだ末にエレナにメッセージを送ってみた。

『どうか読んで頂けますように。
エレナさん。
今日兄と一緒に旧華族の集まりに出席しました。そこで兄は、何にも縛られず偏見や差別のない世界で生きていく、その為なら旧華族も小笠原家も抜けると宣言しました。私達小笠原の人間は、皆、兄と同じ考えです。旧華族の集まりにはこれ以降参加致しません。それに兄が小笠原家を抜ける必要もありません。
エレナさん。兄は真っ直ぐにあなただけを想っています。そして私達家族も、そんな兄の幸せを心から願っています。どうか兄の気持ちがエレナさんに届きますように…。美紅より』

送信してから考え込む。
エレナは今どこにいるのだろう。
まだフランスにいるのだろうか。

実家暮らしのエレナの家は、詳しい場所は分からないと紘は言っていた。
たが、必ず探して出してみせると。

(どうか二人が結ばれますように)

美紅は心の中で祈ってから、身の回りの荷物をまとめ始めた。

今日は日曜日。
明日からの仕事に備えて、マンションに戻るつもりだった。

「それでは、そろそろ帰ります」

家族に挨拶すると、紘が立ち上がった。

「車で送って行くよ」
「ありがとう、兄さん」

二人でコートを着てから玄関を出る。

「うわっ、外は寒いな」

そう言って首をすくめた紘の手から、車のキーがポトリと落ちた。

「兄さん?」

怪訝な面持ちで兄の顔を見上げた美紅は、その視線の先を追って驚く。

「エレナ…」

小さく呟いた後、紘は一気に駆け出した。

門を開けて、そこに立ち尽くしていたエレナを胸に掻き抱く。

「エレナ…エレナ!」

叫び声にも似た紘の切ない声が響く。

「紘、本当なの?旧華族の集まりも小笠原家も抜けるなんて、本当にそんなことを言ったの?」
「エレナ?どうしてそれを…」
「美紅ちゃんからメッセージをもらったの。読んだ途端、居ても立ってもいられなくなって…。どうしてそんなことを?もしかして、私のせい?」
「エレナのせいなんかじゃない。俺が自分で生きていく道を決めたんだ」
「でも…。私がいなかったら?私と出会わなかったら、紘はそんなこと思わなかったんでしょう?」
「エレナと出会わなかったら?そしたら俺は、一生幸せを知らずに生きていくことになる」
「紘…」

エレナが声を詰まらせて涙ぐむ。

「覚えておいて、エレナ。君がどこに逃げても俺は必ず君を見つける。君が離れていこうとしても、必ずまた抱き寄せて離さない。だから観念して、ずっと俺に抱かれてろ」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、エレナは頷いて紘の胸に顔をうずめる。

紘はそんなエレナを両腕でギュッと抱きしめ、その温もりと愛しさを身体中に感じていた。