紅色に染まる頃

「父上。こちらを」

その場を取り繕うように、美紅は風呂敷に包んだ和菓子を差し出す。

「ああ、そうだった。ありがとう」

父は受け取ると、伊織に笑顔を向ける。

「伊織くん。こちらは『京あやめ』の和菓子なんだ。ご両親は和菓子がお好きだろう?お二人にどうぞ。あ、もちろん伊織くんの分もあるからね」
「お気遣い頂き、ありがとうございます。両親も喜びます。『京あやめ』の和菓子はなかなか手に入れられず、いつも残念な思いをしておりましたので。こんなにたくさんよろしいのでしょうか?」
「もちろん。娘の美紅は運が良くてね。美紅が買いに行くと、いつも店頭にたくさん並んでいるらしいんだ」

そして父は美紅に伊織を紹介する。

「伊織くんは、本堂グループの社長のご長男だ。旧財閥の本堂グループは、銀行やインフラ、不動産にIT関連など、幅広く事業を展開されているが、伊織くんはホテルや旅行業を扱う本堂リゾートの副社長なんだ」
「お若いのに、ご立派な方ですのね」
「そうなんだよ。おまけにこの通りイケメンだろう?企業が集まるパーティーでは、いつも女性に取り囲まれている。さすがだな、あはは!」

なぜ関係のない父が、あははと得意気に笑うのかが解せないが、美紅はにっこり微笑んで頷いた。

「そうでしょうね。目に浮かびますわ」
「だろう?美紅も断ってばかりいないで、今度パーティーに参加してみなさい。伊織くんにも会えるしな」

いよいよ美紅は、父に疑いの目を向け始める。

「父上、それではわたくしはこれで……」

妙な話に発展しそうだと、美紅は伊織に深々とお辞儀をしてから退室しようとする。
すると、父は慌てて声を張った。

「あ!そうだ、思い出した。このあと急な仕事が入ってしまってな。もう行かなければ。まだ伊織くんとの食事も途中だったから、美紅がお相手しなさい」
「は?」

思わず美紅は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「いやー、すまないね、伊織くん。また改めて、お父上と一緒に仕事の話をさせてもらえるかな?」
「はい、承知致しました。よろしくお願い致します」
「うん。ではあとは若いお二人でごゆっくり……」

いそいそと立ち上がり部屋を出ていこうとする父に、美紅が冷たい声をかける。