紅色に染まる頃

「失礼致します。父上、美紅でございます」

襖の手前で跪座をし、中に声をかけると、入りなさいと父の声がした。

美紅は左手を引手にかけて襖を少し開くと、スッと親骨に沿って手を下に下げてから、身体の中心まで襖を開ける。

次に右手に代え、手がかりを残して身体が入る程度まで開けた。

跪座から正座に座り直し、失礼致しますと一礼してから視線を下げたまま入室する。

「伊織くん。娘の美紅です」
「初めまして。小笠原 美紅と申します」

父の言葉に続いて、美紅はお客様に深々とお辞儀をした。

「初めまして。本堂(ほんどう) 伊織と申します」
「お目にかかれて光栄に存じます。どうぞよろしくお願い致します」

良く響く低めの声で名乗る相手にそう答えてから、ようやく美紅は顔を上げた。

1秒、2秒、3秒……

「……あ!」

しばらく目が合った後、二人は同時に驚きの声を上げる。

(この方、先程のスーツの?)

間違いない。
公園で男を軽々と投げ飛ばし、真剣な表情で美紅に大丈夫かと声をかけてくれた男性だった。

「ん?なんだ。二人とも知り合いだったのか?」

父の言葉に美紅は慌てて否定する。

「いえ、とんでもない」

そう言ってから、しまったと思わずうつむく。
ここは愛想良く、先程はありがとうございましたと微笑みかけるべきだっただろう。

(さっき心の中で反省したばかりなのに)

これだからいつも自分は可愛気がないと言われてしまうのだ。