「あの、本日は色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

仕事に戻るという伊織の車に便乗し、秘書の運転で美紅は自宅まで送ってもらっていた。

広い車内で隣に座る伊織に、美紅は改めて頭を下げる。

「それに、公園でのことも。助けて頂きありがとうございました」

伊織は美紅の思わぬ言葉に面食らって慌てて遮る。

「いや、こちらこそ悪かった。母が色々勘違いして騒いだりして」
「いいえ、とても楽しい時間でした。突然お邪魔したのに、優しく迎えてくださって。どうぞよろしくお伝えくださいませ」
「ああ。ありがとう」

程なくして美紅は運転していた秘書に、ここで結構ですと声をかける。

「え?ここに住んでるの?」

伊織は窓の外を見て驚いたように言う。
小笠原邸は大きな屋敷のはずだが、そこはごく普通のワンルームマンションだった。

「はい。今はここでひとり暮らしをしております」
「えっ!大丈夫なの?君みたいなご令嬢がひとり暮らしなんて」
「はい、大丈夫です。それでは、失礼致します。ありがとうございました」

礼を言うと美紅はドアを開けて車から降りる。

エスコートしそびれた伊織は慌てて車から降り、美紅と向き合った。

「えっと、それではまた」
「はい。ありがとうございました」

深々とお辞儀をしてからにっこりと微笑み、美紅は振り袖姿で静々とマンションのエントランスに姿を消した。