「うわー、なんて走り心地!まるで地面に吸い付くよう。ああ、こんなにカーブが曲がりやすいなんて」

伊織のことなど全く眼中にないらしい。

美紅は楽しくて仕方ないとばかりに、何度もギアチェンジしながらスピードを操って車を走らせている。

(し、信じられない。どうなってるんだ?このぶっ飛びお嬢様)

伊織は身体をこわばらせながら、横目で美紅の様子をうかがう。

「もう少しスピードを出せる直線の道ってどこかしら。ああ、高速道路に乗ってどこまでも走りたいわ。そうだ!京都へ行こう!」
「や、止めろ!それはCMだ!」

伊織は本気で止めにかかる。
この調子なら、本当に京都まで行きかねない。

「いいか、高速には乗るなよ」

念を押すと高速道路は諦めたのか、美紅は思うがままにしばらくあちこち走ってから、ふと真顔に戻った。

「あの、どちらに向かえばよろしいでしょうか?」
「どちらにも向かうな!今すぐ止めろ!」
「あら、こんな道の真ん中で止められませんわ。本堂様、ご自宅はどちらに?お送り致します」
「いい、そんなのいいから!」
「ですが、本堂様はお酒を召し上がって運転出来ませんもの。えっと、カーナビにご自宅は登録されていますか?」

信号待ちの合間に片手をカーナビに伸ばそうとする美紅を、伊織は慌てて制する。

「わー、やめろ!俺がやるから、運転に集中してくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」

美紅は聞こえてきた「案内を開始します」という音声に満足気に頷いてみせた。