驚いてうしろに身を引こうとしたが、椅子の背もたれに阻まれてしまう。さらには後頭部に手が回され、頭を抱き寄せられて、鼓動がばっくんと跳ね上がった。

「!?!?!?」

 目の前には高貴な衣装に包まれた逞しい胸。視界のすべてが彼で覆い尽くされている。
 否応なく胸元に頬を密着させたフランの頭の上に、皇帝が顔を近づける。そしてモフモフの耳に、その高い鼻先を寄せてきた。

 ――モフッ。……すぅー……。

「……おまえ、いい匂いがするな……」

(嘘でしょ……)

 吸われている。いやまさか。いったい何が起こっているのだろう。瞬きも忘れて、信じられない事象をただ受け流すしかない。否、受け流せない。
 かろうじて保っていた心の琴線がぷつりと切れて――次の瞬間、フランは奇しくも皇帝が望んだ姿に変貌を遂げていた。

 縮んでドレスに埋もれた小さな獣は、すぐに掘り起こされ、抱き上げられる。

「……なるほど。能力は不安定なのだな」

 憔悴しきった身体には、もはや頷く力も抵抗する力も残されてはいない。
 皇帝はフランをしっかりと抱え直し、満足げな表情を浮かべて、離宮をあとにした。

 温かな懐の中で揺られ、薄らぐ意識の中、フランは思った。花離宮は大騒ぎになるだろう。皇帝の来訪後、ひとりの王女が姿を消し、おまけに脱ぎ捨てられたドレスがその場に残されていたのだから――。