先ほどの夕礼で見送った皇帝ライズは、相も変わらずその秀麗な眉ひとつ動かさずに、美しい令嬢たちの前をすげなく通り過ぎる行動を続けていた。
 以前のフランなら、彼のことを恐ろしくて冷たい人だと偏見を持ったまま、心の距離を置いていただろう。だが今では、顔を見ると思い出してしまう。硬い腕は温かく、頭を撫でる指は思いのほか優しかったことを。

 あんな風に撫でてもらったのは、フランにとって初めてのことだった。小さな動物を愛でる行動は、そう珍しいことではないにも関わらず、フラン自身が獣の姿に変身し、いい顔をされたことは過去に一度もなかったのだ。
 唯一、幼馴染のアルベールだけは「可愛い」と褒めてくれていたが、そこには多分に同情が含まれていたと思う。国の方針として獣化は恥ずべきものとされているのだから無理もない。

 執務室での一件は、ここがシャムールではなく、加えて皇帝が獣の正体を知らないからこそ、起きた出来事だったということはわかっている。それでも、どうにも忘れがたい、衝撃的な体験だった。

(陛下の手は温かくて……すごく、気持ちがよかったな……)