フランには、思うところがあった。
 皇帝の寵愛を得るのは無理でも、彼の不興を買いさえしなければ、フランの首が飛ばされることもないし、国が滅ぼされることもない。今よりも状況が悪くなることはないのではないかと。

 こちらも衣食住は保証されて、ひとまずは安泰のようだし。

(あっ、でも、このまま年を取ったらどうなるのかしら。皇帝陛下の気が変わって、どなたかお妃様をお決めになったなら? 用済みになれば、国に帰してもらえるの……?)

 国に戻れたとしても、そこに自分の居場所があるかどうかは疑問だが――。

 それでも、身寄りのないこの国でひとり寂しく年を重ねるよりは、家族の元に帰りたいとの願望はあった。
 だが、ひとまず先のことは頭の隅に追いやることにする。今から逃げ道を探していては、果たせるはずの使命も果たせない。

 そうこうしているうちに目的地に近づいて、精緻な装飾で彩られたアーチ型のポーチへとたどり着いた。
 両開きの扉の向こうが、今日からフランの居場所となるのだ。

(お父様、お母様……フランは波風を立てないよう、努力したいと思います。皇帝陛下やご令嬢様方のお邪魔にならないよう、なるべく表に立たず、壁のように空気のように……)

 おかしな決意を固めながら、甘い香りが漏れてくる扉をくぐった。