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 心待ちにしていた週末がようやく訪れた。

 本音としては先週のうちに誘いたいところだったが、ラクリマの湖に行く前日も出かけるとなるとレティシアが休めないだろうから、止めていた。

 逸る気持ちを抑えてオリア魔法学園の職員寮に着くとすぐに、ジルがレティシアを連れて来た。

 レティシアは下ろした髪を巻いている。
 風が吹けば柔らかそうに揺れて、乱れないようにそっと髪を耳にかける仕草に目を奪われた。
 服もいつもの紺色のドレスとは違って淡い若草色のドレスを着ていて、印象が違う。彼女の髪の色によく似合っていて見惚れてしまった。

 じっと見つめてしまったためかレティシアは居心地が悪そうに視線を彷徨わせていて、しまいには着替えなおすと言い始めた。

「やっぱりいつもの紺色の方が良いような気がしてきた! モブが調子に乗ったらいけないのよ!」

 いつもと違う装いをすると決まってレティシアはいつも通りに戻そうとしてしまう。

「やい、小娘! さっさと外に出ろ。これ以上ご主人様を待たせるな!」
 
 ジルが扉にはりついて寮に入るのを阻止した。
 今までに何度かは宣言通りに着替えられてしまったが、今日はジルが止めてくれたおかげでそのまま連れていけそうだ。

 寮に逃げ込んでしまう前に手を差し出すと、渋々だけど手を重ねた。そのまま馬車に誘導すると大人しく乗ってくれる。

「よく似合ってるよ。淡い色だとレティシアの髪の色によく映える。緑色だと清廉な雰囲気が増して、本当に綺麗だ」
「ありがとう。ノエルは褒めるのが上手ね」

 どうやらお世辞と捉えているらしい。

 不服そうな顔をするレティシアにこの気持ちが伝われば、どんなにいいだろうかと思ってしまう。

 それでも、顔を赤くした彼女を見られたのは収穫だった。

   ◇

 王都に着くと旅芸人一座が見世物をしており、レティシアと一緒に見物した。

 魔獣を操る調獣師の演技や、道化師の奇抜な魔法が次々と披露されていく。そっと隣を窺ってみると、レティシアは子どものように目を輝かせていた。

 そんな彼女を見ていると胸の中に甘く柔らかな感情がゆっくりと降りてくる。

 心に誘われるままに、風に揺れるレティシアの髪のひと房を捕まえて彼女の耳にかけてみると、レティシアは弾かれたように体を動かして僕の顔を見る。
 どうやらひどく脅かしてしまったらしい。レティシアは口を開けたり閉じたりするだけで、声が出ていない。

 どんな反応を見せてくれるのか気になって反対側の髪も耳にかけると、どもりながら「ありがとう」と言ってきた。触れれば触れて返すような恋人らしい雰囲気はない。そんなところが彼女らしくもあって、つい笑ってしまった。

 それと同時に、恋人らしいやり取りができるのはいつになることかと、焦れる気持ちが淡く苦さを混ぜ入れてくる。

 
 旅芸人一座の公演が終われば露店を一緒に眺め、異国の品を見つけると、レティシアは興味津々で仮説を立て始める。

 なにに使うのか、どんな歴史がある品なのか。
 真面目に予想することもあれば、冗談を交えた仮説で笑わせようともしてくる。愉しそうに笑う彼女のを見ていると、くすぐられるような気持に流されて僕も笑ってしまった。
 
 そんな調子で中央広場に並ぶ露店をつぶさに見ていったものだから、さすがにレティシアも少し疲れてきたようで、カフェに入ってひと休みすることにした。

 いつも通り僕は紅茶を、レティシアは紅茶とケーキを注文する。

 ケーキが運ばれてくるとレティシアは器用に半分に切り分けた。そうして切り分けた半分の方をフォークでつつき、口に入れて顔を綻ばせる。

「おいしい?」
「ええ、このお店のタルトはおいしくて有名なんだけど、ムースもおいしいわ」

 レティシアは切り分けたもう片方のケーキをそっとフォークですくうと、躊躇いがちに差し出してきた。

「ノ、ノエルも食べてみる?」

 この瞬間が、彼女と王都に行くときの楽しみの一つだ。

 自分がいる時は毒見してあげると言ったことを彼女はずっと守ってくれていて、今日も約束を忘れず、いつものように切り分けて僕の分を取り置いてくれている彼女を愛おしく思う。

「今日こそは自分でフォークを持って食べてよ? 前に食べさせているところを生徒たちに見られてから、ずっとからかわれていたんだからね」

 念を押してくるけれど、頼られると断り切れない性格なのは知っている。
 口を開けて待ってみると、案の定、観念して食べさせてくれた。

「おいしい?」

 困惑しつつも聞いてくれる彼女の優しさに今日は甘えていたい。 
 決闘に勝った褒美として彼女がくれた一日であるから。