最後部の座席にやっと2人きり、心菜はゆっくりと起き上がってそっと蓮に聞く。

「育休取れるの⁉︎」
心菜は初耳だったから驚きの顔を見せる。

「ああ、心菜1人に負担はかけさせない。
出産日前後一ヶ月ずつ、楽曲提供の作業ぐらいで後は仕事を入れないように調整している。」

「楽曲提供?」

「作った曲を俺以外の誰かに歌ってもらう。その方が収入は増えるし、マージンも貰えるから手っ取り早く稼げるんだ。」

今までは自分一人食べていければいいと思うくらいで、稼ぐ事には無頓着だったがこれからは事務所を経営する経営者だ。社員の為にも一定の稼ぎを得ようと考えたところ、たどり着いた結論だった。

そんな事はまったく知らない心菜からしてみれば、目から鱗のような話しだったけど、蓮が作った歌を他の歌手が歌う。ファン心理としてはちょっと聴いてみたいと思う。

「楽しみ。蓮さんの作った歌を女性アーティストさんとか、アイドルグループが歌うとか聴いてみたい。」

そこにはいろいろな経営事情が割を占めているのだが、心菜は知らずに純粋に喜びを見せてくる。

「これからはいろいろなバリエーションで曲作りが出来るから視野が広がるはずだ。」
蓮もつられて笑顔になる。

心菜は思う。
蓮さんは凄いな。いろいろな可能性がまだまだ沢山あって、その度にいろんな顔を見せてくれる。いちファンとして応援していきたい。


LAで乳幼児ICUで働いていた時、何人かのシングルママに会ったけれど、1人で育てる事の大変さを目にした。
心細い時、蓮さんが側で寄り添ってくれるだけで安心するだろう。

今だって…

きっと1人じゃ何も出来なくて途方に暮れていた。

「心菜、子育てはいろんな人の手を借りて育てた方が子供の為にも良いんだ。
うちの両親に孫子育ては無理だから、ベビーシッターや家政婦を雇ったって構わない。1人で頑張ろうとするな。」

「ありがとう。楽しみが一杯増えて嬉しい。」
心菜が蓮の肩に寄りかかり、手を握ってくれるからそれだけで幸福感を感じる。

「こちらこそ、ありがとう。楽しみが増えて俺も働き甲斐がある。」

普通の新婚夫婦のように、寄り添う2人をチラチラとスタッフ達は垣間見て微笑みを浮かべている。

もっとその普段の優しい感じを押し出した方が、北條蓮のファンが増えるに勿体無いな、と森元圭吾は1人ため息を付いた。