「では、私は帰ります」

「なんでここまで来ておいて」

「来たくて来たわけではないので、失礼します」




踵を返し歩いて来た道を戻る。いったいなんなんだ。突然現れて、初恋とか訳の分からないことを言い、いきなり人を拉致するなんて。


いくら、かっこいいからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。



「え、」



と、するりと勢いよく後ろに引かれた右手。先ほど感じていた温かい同じ体温のそれ。
抵抗する余地もなく無残にもバランスを崩した。


なんとか堪えようと足に力を入れてみるけれど気づいた時にはもう遅くて。視界にはビルの光でキラキラと輝く薄いグレー色の空が広がる。


下はコンクリートだよ。倒れたら絶対痛いよ。


ぎゅっと目を瞑り地面に叩きつけられるであろう体が少しでも痛くならないように全身に力を入れ覚悟を決める。


この歳になって道のど真ん中で盛大にこけるのか私は。


けれど、そんな私の覚悟は不必要だったようで、ボフッと鈍い音と共に、気づけば温かい体温に包まれていた。


あれ?痛くない。と、恐る恐る目を開いてみればグレーの空ではなく、綺麗なお顔が私を上から見つめていた。


息づかいの分かるこの距離で綺麗な顔に見つめられるのは、私の顔面偏差値ではなんとも耐え難い仕打ちである。