客室に通され、一晩世話になる女中と挨拶をした後、次は夕食の席にと案内される。ヒースは「嫌だったら、俺と2人でもいいんだぞ」と言っていたが、折角のことなので、ナターリエはリントナー家の人々との食事を選んだ。

「遅れてすまん」

 ヒースがそう言いながらナターリエを連れて食事の間に入ると、一族はみな既に椅子に座っていた。アレイナが「お姫様!」と叫んで手を振るので、ナターリエは笑顔で振り返す。

 すると、手前の椅子に座っていた10代半ばと思われる金髪の少年が、さっと立ち上がってナターリエに一礼をした。

「ハーバー伯爵令嬢。初めまして。リントナー辺境伯、次男のブルーノと申します」
「ナターリエ・ハーバーと申します」

 そういえば、とナターリエは思う。ブルーノとアレイナは母親譲りの髪色をしているが、ベラレタ――彼女はルッカの町に住んでいるのでこの場にはいないが――とヒースは父親譲りだ、と。

「ナターリエ嬢、こちらに」
「あ、はい。失礼いたします」

 ヒースに勧められて椅子に座る。と、給仕が一斉に食事を運び込んだ。どれだけ人柄が大らかであっても、たとえルーツがもともと平民であっても、辺境伯だ。食事のマナーは守られているように思う。

 飲み物を給仕がグラスに注ぐ。ナターリエは果実酒を所望した。それを見たヒースの母親が嬉しそうに「その果実酒は、ルッカの町でも人気のものなのよ」と言う。

 全員に行きわたって食事を始める。アレイナの両脇には女中がついており、彼女がうまく食べられるように補佐をする。

「資料はお役に立ったかな。ハーバー伯爵令嬢」

 と、リントナー辺境伯が声をかけてくる。

「はい、とても。大変興味深く拝見しました。おかげさまで時間を忘れて読みふけってしまって……泊めていただき、感謝しております」
「いやいや。どうせ、もう雨が降り始めていてな。今晩はゆっくりしていくと良い」
「ありがとうございます。雨、降っているのですか」

 気付かなかった、と思う。食事の間にも窓がないため、外の様子が見られない。ナターリエにヒースは頷いた。

「夕方から急に天候が変化してな。下手に飛竜で帰っていたら、途中で雨に降られるところだった」
「ああ、そうですね。ありがたく、一晩お世話になります」

 そう言ってナターリエは頭を下げた。

「そうそう。先に言っておくが」
「はい」
「第二王子との婚約破棄について、特に我々から何か思うところや何やらはないのでな。気にせず、今晩を過ごして欲しい」
「!」

 ナターリエは驚いて、ちらりとヒースの方を見る。が、ヒースは何も言わず、黙々と食事を口に運ぶだけだ。

「ありがとうございます。お心遣い感謝いたします」
「うむ」

 そうヒースの父親であるリントナー辺境伯が頷くとほぼ同時に、辺境伯夫人がアレイナに声をかける。

「アレイナ。それはナイフで切ってから口に運びなさい。口に入る大きさにね」
「はぁ~い」
「そういえば、ナターリエ嬢は魔獣鑑定士なんですって? ということは、その前はスキル鑑定士だったのですね?」
「はい、そうです」
「まあ、まあ、凄いわ~! 今は、魔獣鑑定士になったんですものね。じゃあ、魔獣について、勉強をなさったの?」

 一瞬「あれ?」と思う。スキル鑑定について聞かれたり、第二王子との婚約について、話が広がりそうだと思っていたのに、と。だが、それも「何か思うところやらはない」の一環なのだろうと思い、ナターリエは「小さい頃から魔獣が好きで」と返した。

「まあ、そうなのね。わたしも実は魔獣が好きで……今、魔獣をモチーフにしたドレスを作っているところなのよ!」
「えっ!? そうなんですか?」
「ええ、ええ。完成をしたら、是非ともそれを見てもらいたいわ。ねぇ、あなた」
「うん? ああ、そうだな。というか、女性のドレスのことは、我々にはわからんのでな……」

 そうリントナー辺境伯が言えば、ヒースも頷く。

「出来上がったらまた見に来ようか」
「わかりました。リントナー辺境伯夫人、楽しみにしております」
「まあっ! こちらこそ。うふふ、嬉しいわ!」

 それから、リントナー辺境伯は、ナターリエの父親であるハーバー伯爵の話をしたり、魔獣研究所の話をしたりと、それなりに話は盛り上がった。途中でアレイナがうとうとと眠りだしたので退出をしたが、ナターリエはデザートまでをぺろりと平らげて、ゆっくりとリントナー家で舌鼓を打ったのだった。