まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「追い詰められていたのだな。申し訳なかった。帰還したら報奨を与えるゆえ、剣を下ろしてくれ」

「手をお放しください。おのれ悪魔め。貴様が殿下を操っているのだな」


 クララとの距離を詰めようとする兵士の胴に両腕を回し、全力で引っ張った。

 それでも剣先はじりじりとクララに近づいていく。

(ダメだ、このままでは――)

「クララ、走って逃げてくれ。頼む!」

 アドルディオンの叫びを聞いて、ハッとしたようにクララが身をひるがえした。

「逃がさん」

 主君の腕を振りほどいた兵士が駆け出し、アドルディオンがそれを追う。

「やめろ、命令を聞け!」

 いくら叫んでも兵士の心には届かず、足を止めてくれない。

 クララは木立を抜けてオリーブ畑を突っ切り、川の方へ向かっていた。

 生活や農業用水に使われている川が村を二分するように流れ、海まで続いている。

 ここから一番近い民家が橋を渡った先に見えるので、クララはそこに逃げ込むつもりなのだろう。

 五メートルほどの川幅に架けられた橋は細く、欄干のない簡素な木製で、昨夜からの雨で増水した川に押し流されそうな頼りなさだ。

 打撲した体の痛みも忘れて、アドルディオンは必死に追いかける。

 橋を渡り始めたクララの背後に兵士が迫り、短剣が振り上げられた。