まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(子供や旅人が深い森に入って迷うのを防ぐための迷信だろう。悪魔など非現実的だ)

 それをクララには言わず、「気をつける」とだけ答えた。

 出発してから三十分ほど歩くと、ポツリと雨粒が頬にあたった。

 着ている木綿のシャツに水玉模様ができたのを見て、クララが「あっ」と気づいた。

「ごめんなさい。アドの分のマントがなかったわ。これ、貸してあげる」

 襟元の紐を解こうとしているクララの手を止め、頭にフードをかぶせた。

「俺は大丈夫。それに、ここでお別れだ」

 ぬかるむ道の両側には木々が生い茂り、少し先は森になっている。

 視察隊と別れたのはたしか、この辺りだ。

「もう少し先まで送るわ」

「ダメだ。クララにとっては見知った道とはいえ、風雨が強まれば危険だ」

 しょんぼりと肩を落としたクララは、悲しみに耐えるかのように下唇をかんでいる。

 アドルディオンの胸にも強烈な寂しさが広がり、離れがたい気持ちと葛藤する。

(このまま別れたら二度と会えない。本当にそれでいいのか。クララを手放して後悔しないのか?)

 自分を叱って大切な気づきをくれる少女は、この先、現れないだろう。

 純朴な笑顔で癒し、優しさの溶け込んだスープを作ってくれる少女もクララ以外にはいないと断言できる。

(クララが欲しい)