まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 どうせ庶民になりきれていないのなら、もっと価値あるカフスボタンを付けてくればよかったと今さらながらに後悔していた。

 驚いて涙を引っ込めたクララが手のひらをじっと見る。

「きれいね。ブドウ畑から見る海の色みたい。お日様の光にあてたらもっと輝きそう。ありがとう。私の宝物にするわ」

「売らないのか? 生活費の足しになると思うよ」

「お金に変えちゃったらもったいない。アドとの思い出なのに」

 ともに過ごした短く濃い時間をクララも大切に思っていると知り、喜びで胸が震えた。

「これがあれば寂しくないわ。次に会える時まで大切にする。そうだ、ひとつは返す。同じものを持っていたら、アドは私を忘れないでしょ?」

 クララが嬉しそうに笑って、一対の片方をアドルディオンの手に戻した。

 その可愛い笑顔に苦しくなる。

(次に会う日が来るだろうか?)

 ここは反王派の辺境伯領で、いわば敵地だ。

 気軽に会いに来られず、多忙な日々の中でその時間もないだろう。

 早く政務を覚えて民のために政治を動かすのが王太子の使命である。

(ここを出たら、二度とクララに会えないな……)

 わかってはいたが再会を信じる曇りなき目で見つめられると、アドルディオンの胸にも別れの寂しさが重くのしかかった。

(貴族令嬢にはない純朴さ。裏表のないクララの言葉は信じられる。できるなら王都に連れて帰りたい)