まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 ゆっくりなら歩けるが、もうひと晩はここで怪我を癒そうと考えている。視察隊を探している時になにかアクシデントがあっても、今はまだ走って逃げられそうにないからだ。

 秘密裏での任務が失敗に終わるのだけは避けたいと思っていた。

 時刻は七時半。家の中にはアドルディオンの他に誰もいない。

 クララと母親は仕事に出かけている。

 彼女が生まれた時から父親はなく、学校さえ通えない貧しさなのだそう。

 もっと小さな時から母親と一緒に漁港で水揚げされた魚介を選別したり、ブドウ農園で農作業を手伝ったりして働いていると言っていた。

 今朝も早くから母娘は家を出て漁港に向かった。

(王都に住まう子供は義務教育を受けているのに、他貴族の領地はこうなのか。領地内のことには不干渉だなどと言っていられない。でも、内政に口出しすれば貴族たちの反感を買う。戦争にならないように改革を進めるとなると、年単位の時間が必要になるな)

 ガラスもない窓から晴れ渡る空を眺めて考えていると、玄関の木戸が勢いよく開いた。

「ただいま!」

 クララが帰ってきたのだ。

 重労働の後とは感じさせない元気さで、その眩しい笑顔にアドルディオンは目を細めた。

「おかえり。君のお母さんは?」

「まだ漁港よ。帰ってない漁船がいるの。戻ったら魚を仕分けないといけないから」