まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 自力で歩けるようになるまで、ここで世話になるしかなさそうだ。

「君の母上は?」

 部屋の中には自分たちしかいない。

「母上? お母さんが急に偉い人になったみたい」

 聞き慣れない呼び方だったのか少女がアハハと笑い、なんてことないように言う。

「お母さんは仕事に出かけたわ。夜は酒場で、よそから来た船乗りさんたちにお酌しているの。朝は漁港で昼はブドウ農園よ。お母さんは忙しいけど、私がちゃんとあなたの面倒みてあげるから大丈夫」

 朝から夜中まで働かなくては生きていけない貧しさなのだと察し、世話になっていいものかと難しい顔になる。

 すると少女が勘違いをした。

「ちゃんとお家に帰れるか心配なのね。大丈夫。明日の朝、私があなたの家族にお迎えを頼みにいくわ。どこに住んでいるの? 隣の村?」

「いや、ひとりで旅をしていたんだ。家はこの領内にはない。かなり遠いから、動けるようになったらひとりで歩いて帰るよ。そうだ、俺の馬は?」

 歩けずとも馬に乗れるようになれば、三日を待たずに出発できるかもしれない。

 そう思った直後に、ため息をついた。

「あれは駄馬だ。暴れる馬には二度と騎乗できない。殺処分しなければ」

 若く脚力があり毛艶の美しい馬だったが、危険である。

 独り言として呟いたのだが、途端に少女が怒りだした。