まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 クラム伯爵があちこちで、『深窓の令嬢をついに社交界に出す』と触れ回っていたのは知っている。

 それには少しの関心もなかったが、実際に目にした彼女が前評判とあまりにも違ったため、いくらか興味が湧いた。

 ダンスに誘うと断ってきたのにも意表を突かれた。貴族の娘なら誰しも、家のために王太子妃の座を狙うものだと思っていたからだ。

 パトリシアを妃に決めたのはラストダンスの最中に彼女に話した通りだが、今思えば予想外の言動を取られたことも理由のひとつかもしれない。

 事前にリストアップしていた他の妃候補者よりは興味を持てたからだ。

(顔もはっきり思い出せない程度の興味だが。この先、何十年夫婦を続けようとも決して愛さない、形だけの妻だ)

 アドルディオンの心には忘れられない少女がいた。

 大人になった少女を娶りたかったが、二度と会えない運命なので誰とも結婚する気はなかった。

 しかし一年ほど前に病床の父に呼び出され、早く身を固めるよう命じられてしまった。

『わしの命がいつまでもあると悠長に構えているな。お前が妃を持てば国民の不安は薄らぐだろう。わしが亡き後も王家に憂いはないと行動で示せ。それが王太子の務めだ』

 国民を安心させるためならば結婚も仕方ないと思い直したのだが、少女への罪悪感が一層深まり、人知れず苦しんでいた。

 整備された木立が森のように離宮を囲んでいる。