まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 主君の返事がわかっていたかのように、ジルフォードが素早くドアを開けた。

 時間があるなら人任せにせず、自分で見聞して判断したいというのがアドルディオンの考え方だ。今までの経験から、人を介せば介すほど伝わる情報は正確さを失うと知っている。

 執務室を出て足早に進み、広々とした玄関ホールに着く。

 近くにいた従僕が機敏に動いてドアを開けると、恭しく頭を下げてアドルディオンと近侍を見送った。

 離宮のある北東へと急ぎながら、先週の公務以来、会っていない妻の顔を思い浮かべようとした。

 目は丸く快活な印象で整った可愛らしい顔立ちだったように思うが、詳細まではっきりと思い出せない。

 夫婦なのに、それほど希薄な関係だということだ。

(庭師はパトリシアが自分で木に登るつもりかと思い、知らせたのだろう。万が一、怪我でもされたら責任を追及されると危ぶんだのか。しかし王太子妃が木登りなど、まさか)

 貴族令嬢は皆、幼い頃から淑女教育を受けている。庶民の子供がするようなお転婆な遊びは厳しく叱られたはずだ。

 いらぬ心配だと思った直後に、自らの考えを否定した。

(あの娘なら、やりそうだ)

 昨年末の舞踏会を思い出していた。

 挨拶のタイミングを逃すほど緊張しているのかと思いきや、その後は旺盛な食欲を隠そうともせずに食べ続けており、変わった娘だという印象を持った。