まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 外出着ではなくシルクのブラウスに黒いズボンのみという軽装で、私室か執務室から急いで駆けつけたような雰囲気だ。美麗な顔立ちの眉をひそめ、信じがたいと言いたげに木の上の妻を見ている。

 その後ろには彼の近侍もいて、同じような表情をしていた。

(ど、どうしよう……)

 木登りが王太子妃らしからぬ行動だとわからなかったわけではないが、雛を助けたい一心で頭の隅に追いやられていた。

 動揺しているのはエイミも同じようだ。

『だからお止めしましたのに』と言いたげで、落ちる心配だけでなく誰かに不適切行動を見られる恐れを感じていたようだ。

 王太子妃以前に普通の貴族令嬢は木に登らないだろう。

(出自がバレてはいけないのに……)

 一番疑われたくない相手に見られてしまった。

 眉間に深い皺を刻んだアドルディオンに青ざめる。

 本当に貴族なのかと疑われている気がして、鼓動が嫌な音で鳴り響いた。


* * *


 振り子の柱時計が十六時二十分をさしている。

 アドルディオンは大邸宅の二階、西棟にある執務室にひとりでいた。

 藍色を基調とした執務室は壁際が書棚で埋められ、政務に関する文献がぎっしりと詰まっている。そのせいで広い部屋が窮屈に感じられた。

 火の入っていない暖炉の前には休憩用のソファセットがあり、大きな執務机は窓からの日差しを受ける側に置かれている