まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 ふたりが快く場所を空けてくれたので、パトリシアはエプロンを着て包丁を握った。

 調理台はこの国の伝統模様が描かれたタイル張りで可愛らしい。薪で煮炊きするかまどが三つと、パンを焼く石窯があり、新鮮な食材が入った籠や木箱が隅に積まれている。

 パトリシアには広々と感じられるが、六十人のコックが働く大邸宅の調理場に比べたらこじんまりとしているそうだ。

 トマトや玉ねぎをリズミカルに刻んでいると、コックに褒められる。

「見事な包丁さばきでございます。妃殿下は本当に料理がお好きなようで」

「ええ。作るのも、食べてくれる人の笑顔を見るのも好きです」

「さようでございますか。それで、そのスープはどうなされるおつもりですか? 本日の晩餐にビーフシチューをお出しする予定なのですが……」

 どうやらトマトスープを夕食にするつもりなのではと心配しているようだ。

 コース料理の構成としてスープが二品入るのはおかしいと思っているのだろう。自分たちの仕事を奪わないでほしいという思いもあるのかもしれない。

 ここでスープを作るのは四度目だが、これまではコックの休憩時間を見計らっていたため、母への差し入れを作る姿を見せるのはこれが初めてだ。

(どうしよう。なにか言い訳しないと)