まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(一年前は兄がいると知って喜んだけど、仲よくしてくれるはずがなかった。ダンスの練習につき合わされて迷惑そう。でも口も利いてくださらない奥様よりはまだいいのかも)

奥様と呼んでいるのは、クラム伯爵夫人のことだ。

実母はかつて伯爵家にメイドとして仕えていた平民で、伯爵と婚姻関係はなく、パトリシアが伯爵令嬢としてここで暮らすようになったのはわずか一年ほど前である。

辺境の地にある海辺の小さな村で生まれ育ち、父が誰かも知らず村娘として生きてきたのだ。

庶子である自分を伯爵夫人や兄が受け入れられないのは仕方ないと思い、家族からの冷たい言動に耐える日々だ。

(貧しくてもお母さんとふたり暮らしの方がずっと幸せだった)

リビングのソファに鎮座して手拍子でリズムを刻んでいるのはクラム伯爵である。

伯爵夫人はパトリシアの顔も見たくないとばかりに、ダンスの練習が始まってすぐ私室へ移動した。

五十歳間近の父親は中背でほっそりとし、パトリシアと同じ暖かみのある瞳の色が優しそうな印象を与える。しかし性格は厳しく、家族であってもやすやすと意見できない絶対的な存在であった。

庶子の娘を伯爵家に迎えるにあたって夫人や兄たちが反対できなかったのは、そのせいだろう。

パトリシアは父親のチェックの視線を気にしながらワルツを踊り続ける。