まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 子供の頃から包丁を握っていたのは事実だが、遊び感覚で料理をしていたわけではない。

 父の領地に行ったこともないが、彼は納得した顔をしていた。

 チラッとエイミを見ると、小さく頷いてくれる。

(上手に嘘をつけたみたい。きっと慣れてきたのね。いいことではないけれど、これで調理場に出入りできるようになって嬉しいわ)

 出自がバレないように気をつけながらも少しずつ自分らしさを出し、離宮暮らしを楽しいものにしようと考えていた。


 離宮に暮らして半月ほどが経つ。

 レモン色のデイドレスを着たパトリシアは、日に日に濃くなりゆく緑を窓から眺めつつ一階の廊下を進む。

 離宮の周囲にはナラやカエデの木がたくさん植えられていて、リスや小鳥が住み着いていた。

(この鳴き声はアカゲラね。村にいた頃はもっとたくさんの鳥の声が聞こえたわ)

 望郷の思いに立ち止まってしまわぬよう歩調を速め、西側にある応接室のドアをノックして開けた。

「お待たせして申し訳ございません。マリー叔母様」

 白を基調としたロココ調のインテリアの部屋で、ややふくよかな女性がひとり、ソファに座っている。

 紫がかった薄茶の髪をすっきりと結い上げ、深緑色の大きな目をした女性は国王の妹だ。

 年齢は五十二歳と聞いている。マリアンヌが本名だが、本人の希望があって愛称で呼ばせてもらっていた。