まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「お好みに合わせられず大変申し訳ございません。王太子妃殿下はどういったパンがお好きでしょうか?」

 口に合わないと誤解させたようで、慌てて首を横に振った。

「ごめんなさい。考えごとをしていただけなんです。とても美味しいロールパンですね。外はパリッと中はふんわりして、小麦の香りを強く感じます。あなたが焼いてくださったんですか?」

「はい。お褒めにあずかりまして恐縮でございます」

「レシピを教えてくださいませんか? 私が焼いてもこれほど美味しくできないんです」

「妃殿下が料理をなさるのですか?」

 テーブルを挟んだ向かいの壁際では、エイミが微かに首を横に振っている。

 王太子妃らしくないと言いたげだが、パトリシアは大丈夫という意味を込めてウインクした。

 コックの男性は明らかに戸惑っている。

「お教えするのは構いませんが……」

「嬉しいですわ。おかしいとお思いになるかもしれませんけど、私は子供の頃から料理をしていたんです。父の領地の田舎屋敷では他に楽しいことがなく、遊び感覚で料理をしているうちに大好きになって、今ではすっかり趣味です」

「そうでございましたか。田舎は娯楽が少ない分、新鮮な食材が手に入ります。料理にご興味を持たれたのも自然なことかもしれませんね。喜んで美味しいパンの焼き方をお教えいたします」