まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

声に温度があるなら初対面での彼の声は冬のようだったが、今は湯浴みした時のような温かさを感じる。

「は、はい」

暗くなった部屋の中で、一度おさまった動悸がまた始まる。

体が触れないよう拳五つぶんほどの距離をとって横になると、静かな中に彼の吐息が聞こえてさらに鼓動が高まった。

(隣を意識したらダメ。寝ることだけを考えよう)

しかし、そう思えば思うほどアドルディオンが気になって眠りは訪れそうになかった。

* * *


時を遡ること七か月ほど前――。

今年もそろそろ終わろうかという頃、王都に建つクラム伯爵邸のリビングでは暖炉の火が暖かく燃えている。

かれこれ一時間半ほど動き続けているパトリシアには暑く、額に汗をにじませてダンスの練習に励んでいた。

オレンジ色の瞳に映るのは、不愉快そうなロベルトの顔だ。

「いつになったらマシに踊れるようになるんだ。俺に体重を預けるな」

「申し訳ございません、ロベルトお兄様」

二十歳のロベルトはクラム伯爵の次男で、伯爵夫妻とパトリシアとロベルトの一家四人がこの広い邸宅で使用人たちとともに暮らしている。

長男は遠方にある領地の管理を任されているため王都には住んでおらず、パトリシアは会ったこともない。

ロベルトがパトリシアに冷たいのはいつものことなので今さらショックは受けないが、少しは傷つく。