ひどい暴力を振るわれる自分を想像して青ざめた。

(そんな死に方は嫌。それにお母さんの治療には数年かかると言われているのに、私が早くに死んでしまったら治療費はどうなるの? お父様が約束を破りそうで怖い)

不安に目を泳がせると、そこに付け込むように言われる。

「君は俺に嫁いだ方が幸せになれる」

「で、ですが、田舎暮らしが長い私では王太子妃は務まりません。今日だって殿下以外の貴族の方とお話しできておりません」

「人付き合いが苦手なのか? それなら城内の離宮を君に与えよう。限られた使用人としか顔を合わせずにすむはずだ。謁見希望は慣れるまで一日ひと組とする。公務も最小限に。君は俺の隣で微笑んでいるだけでいい。後はどう過ごそうと君の自由だ。いい条件だと思わないか?」

(その程度の務めでいいの? それなら……)

ひと月に一度しか許されていなかった母の見舞いにいつでも行ける。禁止されていた料理も離宮ならできそうな気がした。

魅力的な提案に心が動かされると、村にいた頃のような前向きさが戻ってきた。

(よく考えたら、お父様に王太子妃を狙えと言われて送り出されたんだったわ。妃になればお母さんの治療費は払ってもらえる。折檻死の心配もないし自由が保障されている。それならグラジミール卿に嫁ぐよりずっといい)

硬かったパトリシアの表情が緩んだのを見て、やっと受け入れたかと言いたげに彼が嘆息した。

「結婚の条件について色々と譲歩したが、先に言った通り決定権は俺にある。たとえ婚約中であってもグラジミール卿は諦めるしかなく、君ができるのも王太子妃になる決意を固めることだけだ。わかったな?」

本当に王太子妃を務められるのかまだ少し不安はあるけれど迷いは消えた。

「はい」

明るい未来を信じて笑顔で返事をすれば、意外そうな目で見られる。それからほんの少しだけ微笑んでくれた。

作ったような紳士的な笑みよりずっと優しそうで、パトリシアの頬がほんのりと色づく。

この会場についてから初めて年頃の娘らしく心をときめかせた。