まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(食い意地が張っていると思われたんだ。レシピに興味が湧いただけなのに)

けれども恥じらっている場合ではなく、すぐに強い不安に襲われた。

この舞踏会で貴族社会に馴染めそうにないのは痛感した。素朴な村娘として育った自分では建前と本音も見抜けない。

うまく交流できなければ、本当に貴族なのかと疑う者も出るかもしれない。

それならグラジミール卿に嫁ぎ、領地に引きこもっていた方がいいのではないだろうか。

一番大切なのは母が完治するまでの治療費で、出自を探られるわけにいかないのだから。

(どうしよう。ダンスが終わる前に考え直してもらわないと)

激しく動揺していても、王太子の巧みなリードのおかげでダンスは流れるように続いている。

ターンをするたびに銀色の前髪がサラサラと揺れ、翡翠色の瞳はシャンデリアの明かりを映して宝石のように輝いていた。

これだけ大勢の貴族の注目を集めていても少しの緊張もなく堂々として、気高く美麗な王太子に周囲から感嘆のため息が漏れ聞こえる。

彼の花嫁に選ばれて嬉しくない女性はきっといない。ただひとり、パトリシアを除いては。

手を取り合って同じリズムを刻み、傍目には幸せな光景に映るかもしれないが、花嫁を見つめる彼の目は冷めていて、パトリシアの方は断り方を模索していた。

「あ、あの」

なんとか花嫁を選び直してもらわなければと、恐る恐る話しかける。