まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

周囲のざわつきは収まるどころか一層大きくなっていた。

他の貴族はひと組もダンスに加わらず、自分以外の誰もそれを不思議に思っている様子がない。

(わけがわからないわ)

困惑しながら辺りを見ていると顔を覆って泣いている令嬢や、悔しそうにこちらを睨んでいる人がいた。誰かを指差してニヤニヤと面白そうにしている男性もいる。

くるりとターンをした時に視界の端に映ったのは、濃い紫色のドレスだ。

(エロイーズさん?)

王太子妃の発表前だから会場にいなければならないはずなのに、どういうわけか足早に退場しようとしていた。

きれいな顔はしかめられ、なにかに焦っているようにも怒っているようにも見えた。

(一年間必死に勉強したけど、やっぱり私には貴族のことがわからない。誰かこの状況を説明して)

周囲ばかりを見て静かに混乱していると、王太子が薄く笑った。

「君はつくづく俺に興味がないようだ」

「あっ……いえ、そのようなことは。ただ、あの方がなぜ泣いているのか気になったものですから」

怒らせたくないので慌てて言い訳したが、彼の方はなんとも思っていない様子で淡白に返される。

「これが今宵のラストダンスだからだ」

(それにどういう意味があるの?)

「知らないのなら教えよう。俺が最後に踊った令嬢が花嫁になる。それが妃の発表の仕方で古くからの習わしだ」