まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

周囲に聞こえないような小声で命令され、問答無用で手を取られた。

体が触れそうな距離まで強引に引き寄せられて驚く。

目の前にあるのは最高級のダイヤのブローチで、耳元で囁かれる声は低く不機嫌そうだ。

「君は『はい』としか答えてはならない。決定権は俺にある。わかったな」

これまでの紳士的な態度とは違う命令口調に動揺した。

(さっきは断ってもいいと言ったけど、本当はお怒りだったの?)

「はい……」

疑問だらけのまま手を引かれ、ダンスホールの中央に連れだされた。

なぜか音楽が中断し、それまで踊っていた貴族たちが壁際まで下がる。

王太子が宮廷楽団に目で合図するとワルツが再開され、パトリシアは向かい合わせに立たされた。

片手を繋ぎ、もう一方の彼の手が背中に回される。

夜会着の背中は広く開いているので直接素肌に触れられてしまい、頬が染まる。近距離にある美麗な顔には動悸が加速した。

大注目の中で踊る緊張と恥ずかしさで思考がうまく働かないが、不思議と足は正しいステップを踏む。

兄より踊りやすいのは、彼の巧みなリードのおかげだろう。

「なんだ、うまいじゃないか」

パトリシアにしか届かないその声には、温かみや配慮がまるで感じられなかった。

有力貴族の娘ではないので機嫌を取る必要がないからだろうか。

(だったら放っておいてくれた方が嬉しいのに)