まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

噂を聞いた彼女たちはきっと、パトリシアの存在を少しは脅威に感じていたのだろう。

ところが実物が噂とかけ離れていたので拍子抜けし、焦らされた分、嫌味を言いたくなったのかもしれない。

食べ続けていたのを見られていたと知ったら急に恥ずかしくなり、フォークを置いた。

チラッと肩越しに振り向いたエロイーズが灰赤色の目を弓なりにする。バカにしたようにクスリと笑った直後、はっきりとした二重のその目をなぜか見開いた。

「クラム伯爵家のパトリシア嬢、私と一曲踊っていただけますか?」

左横から聞こえた美声に驚いて振り向くと、いつの間にか王太子が立っていた。麗しい顔に紳士的な笑みを浮かべ、品のある所作で右手を差し出してくる。

入場時に挨拶するタイミングを逃していたため、まさか話しかけられると思わなかった。

(どうして私を?)

彼はエロイーズだけでなく多くの女性と踊っているようだ。もしかすると招待したすべての女性に対して分け隔てなく誘わなければと気を使っているのかもしれない。

(にこやかだけど目が笑っていないわ。休む暇もなく踊り続けてお疲れなのかしら。それなのに私のような者にまで声をかけなければならないなんて、王太子殿下は大変なのね。無理して踊ってくださらなくていいのに)

パトリシアの方としても踊りたくない。