まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 彼は家族に関して公爵に弱みを握られているのかもしれない。

 母の治療費と引き換えに貴族になったクララは人事に思えず同情した。

 アドルディオンはここぞとばかりに語気を強める。

「俺は九年前ハイゼンに騙され地獄を見た。お前は騙されるな」

 その地獄とは、クララの死についてだろう。

 少年時代のアドルディオンは少女の亡骸を確認したと公爵に報告されたが、実際は捜索すらしていなかったと思われる。

 公爵にとって平民の命は虫けらなのか。それとも当時から娘を王太子妃にしようと考えていたのなら、村娘に懸想されては困ると思ったのかもしれない。

「こちらにつけ。お前の望みを俺が叶えてやる」

 堂々としたアドルディオンの声に敵将の剣が下がっていく。

 しかし邪念を振り払おうとするかのように仮面を脱ぎ捨てると、馬を進めて斬りかかってきた。

「もう手遅れなんだ。やらなければ妻の命はない!」

(人質に取られているの?)

 甲高い金属音が木々に反響し、クララはビクッと肩を揺らした。

 寝返らせることができずため息をついた夫は、交渉していた時と雰囲気をがらりと変えて射殺しそうな鋭い視線を敵将に向けた。

「ならばお前は、お前の妻のために戦えばいい。俺も戦う。俺の妻と国を守るために」

 愛情を感じさせる言葉にときめいてしまったが、そのような場合ではなかった。