まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 兵士に追われて落水した恐怖を再び味わうことになったとしても、記憶を取り戻して一緒に歓喜の涙を流したかった。

「殿下との大切な思い出があるはずなのに、思い出せなくて申し訳ございません」

「そのようなことは気にするな」

 顔を上げたアドルディオンは、美しく潤んだ瞳を優しく細めた。

「忘れたなら、もう一度言えばいい。少女時代も今も心から君を愛している。クララ、俺の妃になってくれ」

 昨年の舞踏会で求婚されているが、愛のない契約では少しも感動できなかった。

 今は夫の愛情が心を震わせてくれて、涙が堰を切ったようにあふれだした。

(愛してもらえる日が来るなんて……)

 首を何度も縦に振って応え、涙にむせびながら気持ちを伝えようとする。

「私も殿下を愛しています」

 嬉しそうに微笑した彼が唇で涙を拭ってくれた。

 背中にそっと腕を回し大事そうに抱きしめられて、ときめきが加速する。

「殿下ではなく、名前で呼んでほしい」

 囁くような甘い声を聞くのは初めてで、さらに鼓動が高まる。

「は、はい。アドルディオン様」

「ふたりきりの時はアドでいい。九年前の君はそう呼んでいた。敬語も不要だ」

「アド。なんだか照れくさいです。本当に愛称でお呼びしても……あっ、呼んでもいいのでしょうか……あれ? 呼んでいいの?」