まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 そのような心配はいらなかった。ランプの明かりを弱めてベッドに入ると旅の疲れか、それとも繊細な神経は持ち合わせていないせいか、予想以上に早く夢の中に落とされた。

『クララ……』

(私を呼ぶのは誰?)

 ぼんやりとたゆたう夢の中で、誰かが自分に話しかけていた。

 少年のようだが、辺りは暗く顔が見えない。

『これをクララに――世話になった――すまない――』

 途切れ途切れの声に懐かしさを覚えるが、思いあたる人がいない。

 アクアマリンの宝石がついた銀のカフスボタンをふたつ、少年が手渡してきた。

(両袖分、ふたつともくれるの?)

 夢と現実が交錯する。

 お守りのように今も身に着けているのはひとつだけなのにと首を傾げた。

『さよならクララ』

 記憶の奥底へ向かうかのように、少年の背中が小さく遠くなっていく。

 呼び止めたかったが、どうしても名前が思い出せない。

(誰なの? 待って、待ってよ――ああっ!)

 突然、濁流が襲ってきて、黒い水に飲みこまれた。

 怖くて苦しくて、水の中から必死に手を伸ばす。

(死にたくない、助けて!)

 すると誰かに強く手を握られ、意識が夢の中から引っ張り出された。

「パトリシア」

「あ、れ……?」