まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「今夜は辺境伯のもてなしを受け、明日はこの町を案内してもらう。君の故郷へ行くのは明後日の予定だ。すぐに行きたいだろうが、少し我慢してくれ」

「お気遣いありがとうございます。村から遠いこの町は初めてなので、色々と見学できるのは嬉しいです」

 夫の思い出の中にいる少女についてはもう考えないようにしようと決めた。

 きっと楽しい旅になると信じ、期待だけを胸に膨らませて微笑んだ。



 柱時計が二十一時を示している。

 領主の邸宅はレンガ造りの二階建てで、クラム伯爵邸より三倍ほども大きな屋敷だ。

 辺境伯の一家と豪華な晩餐が行われた後、リビングで紅茶やワインを飲みながら歓談し、パトリシアだけ先に客間に入った。

 アドルディオンは辺境伯と遊戯室でビリヤードをしながら話すそうだ。

 客間はひとりで使うにしては大きなベッドが部屋の中央に置かれ、暖炉の前にソファセット、壁際には鏡台やキャビネットがある。

 薪がふんだんに用意されているが火を入れるほど寒くないので、暖かそうな毛布だけで眠れるだろう。

 ソファに腰かけて息をつく。

(辺境伯一家の皆さんはにこやかで、歓迎してくださっているのがよく伝わったわ)

 会話の弾む晩餐であったが、アドルディオンだけでなく妻の自分まで過剰なほどに褒めてくれたのには返答に困った。