まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 国王に忠誠を誓っても自分に対してはどうなのかわからないと、出発前にアドルディオンが懸念していたためだ。

 王太子とも良好な関係を築きたいという辺境伯の意志は感じられた。

 歓迎してくれる領民の列はしばらく途切れず、パトリシは夫に倣って窓に向けて手を振り歓声に応えた。

 紳士的な笑みを浮かべている彼が、独り言のように低い声で呟く。

「ジルフォードを連れてくるべきだったか」

 この旅に近侍を伴わなかったのは、不在の間も政務が滞らないように代理の指示役としたためだ。

 パトリシアも侍女を連れてきていないが、アドルディオンの理由とは違いエイミが風邪を引いたせいである。

 出発前夜に解熱したため本人は行きたがっていたけれど、ぶり返してはいけないので説得して留守番を頼んだ。

 身の回りのことはひとりでできるので、他の世話係の同行も求めなかった。

 夫の呟きを、近侍にも歓迎ムードを味わわせてあげたかったという意味に捉えて微笑む。

「そうですね。町の皆さんにこんなに喜んでいただけて。温かく迎えてもらったと知ったらジルフォードさんも喜びますね。王都にはない赤瓦の屋根の町並みもエイミやジルフォードさんと一緒に見たかったです」

「いや、そうではなく――」

 近侍を同行させるべきだった理由は他にあると言いたげだが、一拍黙ってからアドルディオンが頷いた。