まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「は、はい。漁港での仕事は朝だけで、一度帰宅して洗濯や掃除をします。その後はブドウ農園の仕事です」

 海に面した急斜面にワイン用のブドウ畑が広がっている。

 そこから見る海が一番好きだった。

「昼間は透き通った青で、夕暮れにはオレンジ色に染まります。海面が宝石みたいにキラキラして、とてもきれいです。でも見惚れていたら命取り。転がり落ちそうな斜面なので危険なんです」

「大事な剪定鋏を落としても、子供の君は絶対に拾うなと農園主から言われたのか? 命より大切なものはないからと」

「そうで――えっ、どうしてご存じなんですか?」

 心を読まれたのが不思議で目を丸くしても、アドルディオンはクールな真顔を崩さない。なにかを考えているような間を置いてから答えてくれる。

「過去に、似たような話を聞いたんだ。ある少女から」

(その少女は……)

 ハイゼン公爵に出自を暴かれた後、村の名を口にしたら彼が驚いていたのを思い出していた。

『君は過去に俺に会っていないか? 九歳の時だ』

(殿下は少年時代にサンターニュ村をお忍びで訪れて、その少女と交流したんだ。ブドウ農園はひとつじゃないから、私とは別の農園でその子は働いていたのかも。心当たりはないけれど、私が知らないだけでいたのかもしれない)