そう思っても、懐かしい海がチラチラと見えるたびに歓声を上げてしまう。
「私、海を身近に感じて暮らしていたんです」
母親と一緒に早朝の漁港で働いていた話を初めてした。
漁に出ていた船が次々戻ってくると、たちまち港が活気づく。魚介の入った重たい籠が陸揚げされ、村の女性たちが選別作業をするのだ。
パトリシアも大人に交ざって魚や貝を種類や大きさで仕分けしていた。
子供にとっては重労働に違いないが、村人と話しながらの作業は楽しかった。
「それに、売り物にならない傷ついた魚や貝を持って帰れるのが嬉しくて。サンターニュの郷土料理、魚介のスープは美味しいですよ」
張りきって話すのをアドルディオンは静かに聞いてくれる。
じっと真顔で見つめられても恥ずかしくないのは、心の半分が故郷に向いているからだ。
「味つけはシンプルに塩のみなんですけど――」
「海老は殻まで、魚は頭から尾、骨まですり潰し、布でこしたスープ。旨味が濃く、たしかに余計な調味料はいらないな」
「召し上がったことがあるんですか?」
目を瞬かせて問いかけると、探るような視線を向けられた。
(私、なにかおかしなことを聞いた?)
戸惑うパトリシアを数秒黙って見つめていた彼は、小さく首を横に振って曖昧な返事をする。
「さあ、どうだろうな。気にせず続けてくれ。どんな暮らしをしていたのか聞きたい」



