まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 王都を出発したのは一昨日で、他領地の大きな町の宿で二泊した。

 悪路もある遠い道のりも、故郷に帰れると思えば心が弾む。

 隣に愛しい夫がいるのも笑顔になれる理由だ。

「殿下、向こう側に少しだけ海が見えました。私が故郷で見ていた海と同じですか?」

「そうだろう。まだ海までは遠いが、ここはもう辺境伯領内だ」

 出身地がこの領内であっても、パトリシアは領主に会ったことがない。

 ケドラー辺境伯についてほとんど知らなかったので、視察旅行前にアドルディオンから教えてもらった。

 それによると辺境伯はかつて反王派と呼ばれ、王族はやすやすとこの地を訪れることができなかったそうだ。

 長らく敵対関係にあったのを現国王が何年もかけて懐柔し、今はいい関係を築けているという。

 その辺境伯にこれから会って晩餐をともにし、屋敷に宿泊する予定になっていた。

 サンターニュ村に行けるのはその後になる。

 今はもう反王派ではないので身の安全は心配していないが、気がかりはあるとアドルディオンが言っていた。

 国王に忠誠を誓っても、その息子である王太子にかしずくかはわからない。

 彼も辺境伯に会うのはこれが初めてなのだそう。妻に里帰りをさせるだけでなく、辺境伯と主従関係を築くという目的もあって視察を決めたらしい。

(殿下にとっては重要なお仕事なのよ。浮かれすぎないように気をつけよう)