その時は驚いたけれど夫婦仲が悪いのではと疑う声があるらしく、それを払拭するためだと聞かされて納得した。

(緊張しなくてもいいとわかっているのに、このドキドキ、どうやったら静まるの?)

柱時計が二十三時を示している。

六度目の深呼吸をしようとパトリシアが大きく息を吸ったら、隣室に繋がるドアがノックもなく開けられた。
 
隣室は王太子の私室で、チラッとこちらを一瞥したアドルディオンが無言で入ってくる。

パトリシアより五つ年上の彼は、絶世の美女と謳われた王妃に似て美々しい容姿をしている。

髪は全体的に短いが襟足のみ長めで肩にかかっており、銀に水色の水滴を垂らしたような髪色が涼やかな雰囲気の顔立ちによく似合っていた。

額を斜めに覆う前髪の下には、凛々しい眉と切れ長で翡翠色の三白眼。やや小柄なパトリシアより頭ひとつ半ほど長身で、均整の取れた体つきだ。

彼の寝間着の薄いシルク生地が筋肉の逞しさを否応なしに伝えてきた。

深呼吸しようと吸った息をどうしていいのか一瞬わからなくなり、むせてしまったら、冷たい印象の声をかけられる。

「風邪を引いたのか?」

そういう声質なだけで冷酷なわけではないと徐々にわかってきたところなので、怖いとは思わない。ただ、初めて見る寝間着姿には動揺していた。