まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(これまで不都合なく生きてこられたんだから、今さら思い出そうとするのはやめよう)

 もし、恐怖の記憶があるのならなおさらのこと。心を守るための防御反応で忘れたのかもしれないのだから。

 カフスボタンはただのお守りとして、その青さで心を癒してくれればそれでいい。

(過去を気にするより、明日やらなければならないことを考えよう)

 少しだけでもアドルディオンと話したい。そのためにいい口実がないかと頭を巡らせた。



 翌日、朝のうちにジルフォードを通じて相談があると夫に面会を申し入れたが、今日は議会があるので難しいと断られてしまった。

 定期的に城内で議会が開かれ、公共事業の予算や法案について男性貴族が話し合う。

 それは午前中の早い時間から始まり、休憩を数回挟みながら夜まで続く時もあるそうだ。

(お忙しいのはわかっているけど、ほんの少しも会えないの? やっぱり私と顔を合わせたくないだけでは……)

 疑って落ち込みそうになる心を叱咤し、あたって砕けろの気持ちで顔を上げた。

(勇気がくじけないうちに動こう。お会いして謝らないと)

 狙うは議会の休憩時間だ。

 議場は大邸宅西棟の二階にあり、その近くの客間に潜んで待機する。

 探偵のごとくエイミが議場の様子を柱の陰から窺ってくれており、二十分ほどして張り切った顔で客間に駆け込んできた。

「休憩時間に入りました」