まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 夜になると気温はかなり下がるが、今宵は風がないためさほど寒さを感じない。

 白大理石の手すりにもたれて鈴虫やコオロギの声に耳を澄ませていると、村を懐かしく思い出した。

(王城は虫の音も上品ね。村の虫たちはうるさいほど賑やかだったのに。私の住む場所はここ。殿下のおそばにずっといたい。でも、村にも帰りたい……)

 アドルディオンを愛するようになってからは、平民に戻って村で暮らしたいとは思わなくなった。

 しかし望郷の念が消えることはない。折りに触れてはブドウ畑や海、村人たちを思い出し、もう一度あの地を踏みたいと願うのだ。

 パトリシアの真の出自は少しずつ慎重に知る者を増やしている最中で、皆が受け入れてくれるまでにはどれくらいかかるのだろうか。

(生涯、村には帰れないのかも)

 寂しくなって襟元からネックレスを引っ張り出し、故郷の海のような青い石を手のひらにのせた。

 ドロップみたいな楕円形の小さな宝石は銀の台座に収まり、裏に留め具がついている。ペンダントトップとして使っているが、元々はカフスボタンだ。

(私、これをどうやって手に入れたんだろう)

 子供の頃、増水した川に落ちて流されたことがあり、その三日前からの記憶がすっぽりと抜け落ちている。