まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 パトリシアが出自を偽っていたと知っても離縁も処罰もせずに守ってくれて、向けられる眼差しは前よりも優しい。

 夫婦として絆ができたかのように思い、すっかり舞い上がっていたが、愛してもらえる日は来ないのだろう。

 それでも初夜を迎える時くらいは、嘘でもいいから夢を見させてほしかった。

(愛が欲しいと私が欲張ったせいで殿下を怒らせてしまったのよ、きっと)

 謝りたくても多忙だと言われたら、面会を求めるわけにいかない。

 今夜も冷めたハーブティーをひとりで飲み、広すぎるベッドで眠ることになるのだろう。

 パトリシアに同調するように悲しげにテーブルを見ていたエイミが、急に両手を握って奮起した。

「私、これから執務室に行ってきます。パトリシア様が夜食を作ってお待ちですと、殿下に申し上げてきます」

「それは絶対にやめて。政務の邪魔をしてはいけないわ。殿下は国のために努めていらっしゃるのよ」

「わかっています。でも私、寂しそうなパトリシア様を見ていられません」

 手の平にはうっすらと線状の傷跡がある。命を絶とうとしたエイミからナイフを奪った時にできたものだ。

 あの件でエイミの忠義心はさらに高まり、少々困るくらいに熱心に仕えてくれる。

 エイミなら本当に執務室まで押しかけていきそうで、パトリシアは慌てて笑みを作った。