まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(ますますわからないわ)

困惑する妹を横目で見ながら、ロベルトが種明かしを楽しむように説明する。

クラム伯爵家は国内に百ほどある貴族の中で、〝上の下〟くらいの権力である。

有力とは言えない家柄なので、パトリシアがなにもしなければ王太子からダンスに誘われないだろう。

しかし努力して声をかければ、一曲は踊ってもらえるかもしれない。

もし気に入られて二曲を踊ることができたなら、パトリシアの注目度は上がり、他の男性からも声がかかるはずだ。

それは社交界デビューが遅れた娘の価値を高めるための戦法で、その後はどうするのかというと――。

「いい条件で売るんだよ。お前を」

ニヤリと口角を上げた兄に、パトリシアは背筋が寒くなった。

「売るって、どこにですか?」

「グラジミール卿だ。結婚という名の身売りだな」

(その名前は憶えているわ。たしか……)

淑女教育の教本を思い浮かべ、頭の中で急いでページをめくった。

『先代のハイゼン公爵の弟で、六十歳。二度の離婚歴がある。南東の領地は細長く海沿いにあり、海運業と漁業、港の使用料が主な収入源。頑固で欲深い性格』

嫌な印象が書かれていたのを思い出し、パトリシアは慌てて首を横に振った。

「私は十八ですよ? 年齢があまりにも離れていると思います」

「年などどうでもいい。重要なのはグラジミール卿が持つ港の使用料だ」