まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 その叫びでハッと我に返ったアドルディオンは手を止めた。

 すぐに身を起こした彼女が距離を取り、乱れたネグリジェと呼吸を整えている。

(怖がらせてしまった……)

「すまない」

「あの、夜伽はなしというお約束でしたよね……?」

 パトリシアはヘッドボードに身を寄せて自分の体を抱きしめている。

 問いかけるオレンジ色の瞳が揺れているのは、怯えのせいなのか。

 誤解を解かなければと焦り片手を伸ばすと、華奢な肩がビクッと震え、それを見たアドルディオンは触れる前に手を下ろした。

(嫌なのか)

 抱こうとしたわけではなかったが、妻の拒絶に自分でも驚くほどの痛手を受けた。

(好意を持ってくれていると思ったのは勘違いだったようだ)

 冷静さを取り戻すと、妻の気持ちや生い立ちを自分の望む方へ捻じ曲げて解釈していたのだと反省した。

(クララという名はありふれていて、ひとつの村に何人かいてもおかしくない。求婚した時に名を告げて身分も明かしている。特別な記憶になるはずなのに、それがないということはやはり別人なのだ)

 国を統べる者として思い込みは命取りであり、判断を誤れば国全体を危険にさらす。

 常々慎重に物事を見極めてきたというのに、クララのことになると冷静さを欠いてしまう。