彼女は芯のある女性で、母親のためにいばらの道に進んだ勇気と忍耐力には感心させられた。

 無理をしなくていいと言っているのに公務に精を出す真面目さも、侍女を必死にかばう優しさにも、性根の清らかさが表れていた。

 なにより裏表のない純朴な笑顔は眩しく目に映り、彼女と話せば心が癒された。

 パトリシアに惹かれているのを自覚しているが、クララと似ているから胸が高鳴るだけだと自分に言い聞かせている。

 自分に課した誓いに苦しめられていた。

(妻を愛してはならない)

 自分のせいで亡くなったクララとの思い出が、今もアドルディオンを縛りつけている。

(パトリシアがクララだったら、どんなにいいか……)

 都合のいい願望が幾度となく頭に浮かび、そのたびに自分が嫌になった。

(現実は変えられない。俺がクララを死に追いやったのだ。愚かな期待は捨てないと)

 執事が開けた玄関扉から中へ入ると、玄関ホールでジルフォードが待っていた。

「お帰りなさいませ」

「先に休めと言ったはずだが」

 日頃、彼には優れた頭脳を生かして政務を補佐してもらっているため、身の回りの世話はできるだけ従僕に任せるようにしている。

 欠かせない存在だからこそ、しっかりと休息を取ってもらいたい。

 ジルフォードは意味ありげな笑みを浮かべる。

「殿下に謝罪しなければと思い、待たせていただきました」