まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 ソファからアドルディオンが立ち上がった気配がした。テーブルを回って妻の横まで来ると片膝をつく。

「顔を上げろ」

 パトリシアの右手を取った彼が傷の程度を確認し、ブラウスの襟から引き抜いたシルクのタイを丁寧に巻きつけてくれた。

「血は止まっているようだが、傷口が開かぬよう城医の診察を受けるまではこれを外すな」

「殿下……」

 優しくしてくれる意味を探して翡翠色の瞳を見つめると、一瞬だけ微笑んでくれた。

「離縁はしない。処罰も不要だ」

(えっ、すべてをお許しくださるの!?)

 寛大すぎる沙汰にパトリシアよりも公爵父娘の方が驚いていた。

「殿下を騙すということは国を欺いたも同じ。なぜお怒りにならないのですか!」

「そうですわ。妃を続ける資格がありません!」

「パトリシアの母親は平民だが、父親はクラム伯爵で間違いないのだろう? ならば間違いなく伯爵令嬢で問題にするほどではない」

 手当を終えたアドルディオンは、パトリシアを立たせて横に並ぶと腰に腕を回した。

 妻を守ろうとする腕に温かさを感じ、こんな時なのに胸がときめく。

 しかしすぐに厳しい現実に引き戻される。

「妃の座を追われぬなどと、到底納得いきません。我々に、下民の娘にかしずけと申されるのですか。殿下はすべての貴族を敵に回すおつもりか!」

 ハイゼン公爵が唾を飛ばす勢いで責め立てた。