まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 血の気を失ったような父の顔を見てそれを悟ったパトリシアは、両手で顔を覆った。

『王太子妃になる以上、なにがあろうともクレアの存在を知られてはならん。出自を偽っていたことが明るみになれば我が家の恥ではすまされず、王族をたばかった罪で伯爵家が取り潰されるだろう。そうなれば治療費どころではないぞ。お前も困るよな?』

 舞踏会が終わって帰宅すると、父が大喜びした後にそう言って脅してきたのを思い出していた。

(殿下に離縁を言い渡された後は、私とお父様は牢獄行き。伯爵家が潰れて入院費が支払われなくなったお母さんはどうなるの? まだ治っていないのに強制退院させられてしまったら……)

 村にいた頃の母は青白い顔で起き上がることもできず、死を覚悟していた様子だった。

 治療が中断すればあの頃の病状に戻ってしまうのではないかと恐れ、自分を強く責める。

(私の不注意のせいでお母さんを治してあげられなかった。なんて親不孝者なの)

 目の前が真っ暗になったその時、背にしていたドアがノックもなしに勢いよく開けられ、誰かに抱きつかれた。

 驚いて振り向くとエイミで、絨毯敷きの床に膝を落とし頭を下げられた。

「パトリシア様、伯爵様、大変申し訳ございません」

「どうしてエイミが謝るの?」

 エイミの傍らにしゃがんで顔を上げさせると、頬が涙に濡れていた。