まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 靴を投げつけたのはよくないが、それほどの怒りが溜まっていたということだ。

 故郷の村に比べると王都はずっと豊かで、食べ物に困る者がいるのを知らなかった。

 無知な自分を恥じ、貧しい少年に申し訳ない気持ちになる。

 兵を止めようと駆け出したパトリシアの腕をアドルディオンが掴んだ。

「待て」

「お放しください。殿下はあの子をお見捨てになるおつもりですか?」

 立場上、王族に敵意を向ける者を罰しなければならないのかもしれないが、パトリシアの目には非情に映る。

 眉をひそめれば、真顔の彼が首を横に振った。

「俺を信じろ」

 そう言い残すと少年の方に駆け寄り、兵士を呼び止めた。

 パトリシアも急いで後を追う。

「その子を引きずるな。丁寧に扱え」

「はっ」

 驚きを顔に浮かべつつも兵士はただちに拘束を緩める。

 アドルディオンは剣から抜いた靴を少年の足元に置くと、静かな声で履くように言った。

「靴に穴を開けてすまなかった。すぐに新しいものを用意させる」

「そんなことされたって、嫌いなのは変わらないぞ!」

「ああ。この程度で君の怒りは解けないだろうな。城下に飢える者がいると気づかず、すまない。至急、暮らしぶりの調査を指示する。その機会を与えてくれた君に感謝しよう」

「えっ?」

 靴を投げつけたのに謝罪と感謝を示されて、少年は面食らっていた。