まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 七メートルほどの距離を置いて立ち止まり手を振れば、百人ほどがワッと歓声をあげた。

(ひとりひとりと話してみたいけれど、護衛兵を心配させてしまうから無理よね)

 今立っている位置なら安全が確保できると思っていたのだが――。

 突然、民衆の中からなにかが勢いよく飛んできた。

 避けようとする前にアドルディオンの片腕に守られ、密着する体に息をのむ。

 同時に彼は腰のサーベルを引き抜いて、飛んできた物を剣先で突き刺した。

「これは……」

 靴底が破れたぼろぼろの子供靴だ。

 たちまち辺りは騒然として、逃げようとしていた少年を護衛兵が捕らえた。

「離せっ」

「王族に靴を投げつけるとは無礼千万。子供だからといって許されないぞ。牢獄行きだ」

 人垣から引っぱり出された少年は十歳くらいで、粗末な身なりをしていた。可愛らしい丸い目をつり上げ、こちらを憎々しげに睨んでくる。

「王族なんて大嫌いだ。父ちゃんが死んじゃってから、俺も妹も母ちゃんも食べ物がなくて困っているのに助けてくれないじゃないか。新しい船を造るお金があるなら、食べ物を分けてくれたらいいのに!」

「黙らんか。不敬罪も適用するぞ」

 片足が裸足の少年は喚きながら両脇を兵士に抱えられ、引きずられるようにして軍の管理棟へ連れていかれようとしていた。

(牢に入れるの? ダメよ、そんなの!)